沖縄娘たかこの日記


by takakozuno
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興味深い!と思ったのでメモ

<いじめ>「なれ合い型」学級で発生しやすい 教師加担も [ 11月24日 03時01分 ]

 教師が教え子に友だち感覚で接する「なれ合い型」の学級でいじめが生まれやすいことが、河村茂雄・都留文科大教授(心理学)の調査で分かった。こうした学級では、教師が子供に引きずられ、いじめを防ぐどころか加担する恐れもあるという。いじめは、加害者側の資質や教師の指導力不足に直接の原因が求められがちだが、河村教授は「主に教師と教え子の関係で決まる学級集団の全体的な特性に注目すべきだ」と訴えている。

 河村教授は、全国の児童生徒約5万人を対象に、教師や同級生との関係などを問う「QUテスト」と呼ばれる心理テストを実施。分析の結果、学級の特性といじめとの相関性が判明した。分析結果は近く公表する。

 学級の特性について、河村教授は「なれ合い型」と教師が厳しく指導する「管理型」に分類しているが、98年と06年を比べた場合、なれ合い型の学級は小学校で倍増して半数近くを占め、管理型は半減。中学校では管理型が主流だが、なれ合い型は倍近くに増えた。さらに、小学4〜6年生(約5000人)を詳細にみると「長期間いじめを受けてつらい」という子供の所属学級は、約半数がなれ合い型で、管理型は3割強だった。

 河村教授によると、教師の教え子への接し方には(1)有無を言わせず従わせる指導タイプ(2)子供の言い分を尊重する援助タイプ——がある。子供の満足度の高い学級の教師は状況に応じて両方を使い分けるが、(1)に偏ると管理型、(2)に偏るとなれ合い型になるという。

 なれ合い型では、当初は教師と子供が良好な関係を保つかに見えるが、最低限のルールを示さないため学級はまとまりを欠き、子供同士の関係は不安定でけんかやいじめが生じやすい。教師の「○○してよ」という友だち口調の指示を誰も聞かなくなり、放置すれば学級が崩壊するという。

 また、運動や勉強が得意だったり、けんかの強い子供が学級をまとめ、教師が頼りにするケースも多いが、その子供や取り巻きが特定の子供をいじめの標的にし、学級全体が同調した場合、なれ合ってきた教師が止めるのは困難で、助長や加担の恐れもあるという。

 河村教授は「いじめた子や加担した教師を非難するだけでは解決しない。子供を暴走させ、教師も巻き込まれる『なれ合い』をどう回避し、いじめを生まない学級を作るか、教師たちが議論することが大切だ」と話している。【井上英介、吉見裕都】

>いじめた子や加担した教師を非難するだけでは解決しない。子供を暴走させ、教師も巻き込まれる『なれ合い』をどう回避し、いじめを生まない学級を作るか、教師たちが議論することが大切だ

ここに注目したい!!
だれかのせいにしたり
法整備してめくじらたてるのではなく
人間の「性質」として協議すること、

罪を憎んで人を憎まず
ならぬ
性質(タチ)を憎んで個々(ココ)を憎まず?

批判や同情で解決できないヒントがなんだかここにありそうだ。
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by takakozuno | 2006-11-24 11:48 | 寝室/Dialy

決めた

ここ最近一連のいじめ関連ニュースで気がめいっている。

きっと人間が集団で行動する以上、
昔も今もこれからも
程度の差はあれいじめはなくならないと思う。

ただ今現在誰か特定の人を「いじめてる」っていう自覚の
ある人は一秒でいいから
「自分がされていいことを人にしてんのか」考えろ、と思う。
答えは簡単なはずだ。

そして人をいじめるエネルギーがあるんなら
他のことに使えよ!もったいない。

いじめられっこを救う勇気のない
かといっていじめるほどアフォでもない
見て見ぬ振り族のその他大勢の皆さん(先生、家族も含む)!

ぶっちゃけ、ヒーローになれる人となれない人がいるのは世の常なので
いじめを止める勇気がないのは仕方ない。

だけどさ、いじめっこに、
いじめなんてばからしくなるような
面白いシリーズ漫画か
ビデオとか絶対ハマりそうな海外ドラマなり
貸すっなんてのはどうでしょう?

そしていじめられっ子を救おうにも
友達でもないしなぁ...なんかこっぱずかしいしなぁ...なんて
考えてるそこのアナタ!!

匿名で応援メッセージをかいて靴箱やカバンに
隙を見て入れるってのはどうでしょうか?ダメ?

とにもかくにも...
いつだって必要なのは
いつだって世界を救うのは

マスコミのような
あら探しではなく
責任の押し付け合いではなく
子供を恐れて法律の整備を叫ぶことでもなく
世を憂い嘆き悲しむことでもなく

機知と愛とユーモアじゃないでしょうか。

私の尊敬する先輩の一人で
いじめられっこだった方がいますが

その方のときにも先生も加担するような状況だったそうですが
「客観的になんでいじめられてんだ俺」ということを
考えた上で、自分がやってきたことを軌道修正していったところ
いじめっ子が道であったら挨拶するほどの人気者になったそうです。

もちろん誰もができることじゃない。

でも、いじめっこだって単なるコドモにすぎない。
人を殺そうと思って「いじめする人」何てどこにもいないはず。
そして、ただ家庭や学校が退屈だったり部活がキツかったりする
はけ口を自主的におかしな方向で解消してるのがイジメなんでは。

全てを深刻に捕えすぎる前になにか
一か八かできることはあるかもしれない。



ちなみにいじめられっこは他の子と違う何かを持った人が多いのでは、と思います。
私はいじめられっこではありませんでしたが、近年のイジメ記事をみていていると「はて?あれは私はいじめられていたのかな?」と思うことがしばしばです。それだけ鈍感で良かったなぁということなのですが。

ということで昔友達に言われて嬉しかったこと。

「たかちゃん、世の中に適応できてない変人が社会を進化させてくっていうから!」

(↑かなりいい解釈としてとってますが・笑)




はぁ...。
とにもかくにも

私は私にしかできないことを
一生懸命やることしかできないので
ともすると自身まで蝕んでしまいそうな
憂いのエネルギーを
光合成して全注入してそっちで頑張りますと決めました。
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by takakozuno | 2006-11-14 22:27 | ひとり部屋/Words